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わがサタリタの谷津干潟

 
さいきん森田三郎氏のことがしきりと思われます。

森田三郎 →  
谷津干潟 → 

(功績に関しては異論もあるようですが。
もちろん彼が初めて彼一人がムーブメントを起こしたわけではないでしょうし。)
 
彼を意識したのは1989年11月、雑誌を読んででした。
その前からちょっとは知っていたんですけど。
当時私は長男を出産し、育休中でした。
あ、うそうそ、復帰して初めての担任を持った年でした!

29歳、サタリタ直前で、空では山羊座土星海王星の合に蟹座木星がオポジション。

1986年、結婚した直後にチェルノブイリの原発事故がありました。
仕事を持ち夫を持ち、二人で暮らし、かつてないような自由を体験すると同時に、
世界はもう終わりなのではないかという絶望感を味わい、
また、はじめての出産という無上の喜び、
そして、仕事と慣れない育児の両立という一番ハードな時期。

そんな中で心の支えの一つにしていたのがこの人だったと思います。

今年9月にまた空では木星海王星のオポジションができます。
乙女座魚座でですね。
トランジット土星は、オーブ広く取ると、あるいはサイン的にはTスクエアですね。
そして自分のn山羊土星がこのオポジションに調停の角度で入ります。
どんな理想、どんな夢ごこち、そしてどんな現実、どんな折り合い、が待っているのでしょうね。

結婚したときと土星は同じサインです。
そしてあと3年もすれば再度サタリタです。

こういうときに森田三郎を思い出すには、
自分の中ではそれなりの意味があるのではないかと思います。
私の中で30年前は憧れやメンターとして外部にあった「森田三郎」を、
少しは取り込めているのでしょうか。そのへんもわかるかもしれません。

多分私は、谷津干潟に近いうちに行くでしょう。そしたらまた改めて書きたいと思います。




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