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中年の危機とシャドウとの出会い
 どこから書き出せばいいのか、相当時間使っていますが、
時系列でいくか、いや。
説明を加えて万人向きにすると失速するので
自分の思考回路ベースで、メモ程度の記述にします。

「中年の危機」はけっこう私の関心のあるテーマです。
トランスサタニアン好きなせいもあって。

ところで最近、
松村先生が雑記や講座で
「出生図はスタートじゃなくてゴールの図」といってらっしゃると思うんですよねー。
で、その感覚がわからなくて相当考えてました。
だってあれは、設計図でしょ?
自分の人生の世界地図でしょ!
リソースなんじゃないの?
どゆこと?

先日その先の情報を手に入れた!
「プログレスは分割された出生図」
「プログレスの太陽とは逆側に進む太陽がある、そういう考え方がある」
ですと!
あー、そういうふうに割れていくのか!

たとえば出生図はゴールの図。
われわれは何者でもなく、それに似たものとして、
ぷよぷよの出生図に似たものとして生を受ける。
それは設計図というかゴールの図。
ここまできたら、あがりだよ!

しかし出生図もどきとして放り出された私たちは、
そこから否応なく分割されるわけです。
生きれば生きるほど半分になる。
半分を極めていく。それと知らず。

そしたらツイッターで先日、ヒプノセラピストの谷原由美さんが、
「プログレスが45歳になったときもう半分と90度になる」
ことを喝破されました。
そこでシャドウと出会う、と。

シャドウは文字どおり「影」、
我々の生きなかった半身です。
選択してこなかった、意識化しなかったものだから、
「自己」としてはもっとも嫌い怖れるものです。

そこで私はパン!とひざを打ったのです!
私は身に覚えがあったからです。
45歳のとき、私はそこまでで生きてこなかった人生を生きようと思ったのです。
そういう存在と出会いました。
そして47歳のとき、
私は自分のスコトーマともいうべき、
見えなかったものを突き付けてくる存在と
否応なく対峙することになりました。

その戦いは49歳で収束しました。
終わったとき、相手の存在や相手の示すものは
少なくともスコトーマではなくなっていました。

そのときと、中年の危機と、どっちがたいへんだったかなと
ときどき考えます。
いや、どっちもたいへんでした。
でも一つ言えることは、
中年の危機の時に喪失と心的崩壊を体験していなかったら、
そのあとシャドウと会ったとき、
私は確実に現実の中で戦うことを放棄していたろうと思います。
たぶん仕事を辞めたか、家庭は崩壊したか、
病院に通っていたか、どれかだろうと思います。

思うに中年の危機とは、
シャドウと対峙するときの前段階としての
ペルソナを鍛える時期かなと思います。
ペルソナを鍛えるとは、
エーテル体を鍛えることに実は他ならないと私は感じています。

あーこの段落ひとつひとつについて
記事起こせるけど、
今日はここで!

ほんとに月冥王好みの記事(わかるひとだけわかれ)でごめんなさい!

| もずく | エーテル体周辺 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
Comment
2014/01/01 4:54 PM posted by: みついし
明けましておめでとうございます

まさに好みの記事でした!(笑)
続編期待しています。

昨年もお世話になって感謝です。
またお伺いします!


2014/01/03 8:43 AM posted by: もずく
みついしさん
明けましておめでとうございます。
年末から今日までほとんどネットを見ませんで、
世の中の流れにおいていかれそうです。

昨年はありがとうございました。
みついしさんとお目にかかる機会が増えて
とてもよかった年でした。

今年もよろしくお願いします。
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