私ははもともと

私はもともと集中がしにくいたちです。

バイノーラルビートは多動な意識を生殺しにしていく感じで、

変性意識状態に慣れている人はよいですが

私のように日常の意識状態が

いつも半トランスというかでろでろと拡散している人間は、

まず集中できる体(習慣)を作るのが先だ、とそんな気がしています。

 

訓練すれば、バイノーラルビートを聴きながら

フルトランスに入れるかもしれないけれど

私の場合は聴覚がかえって邪魔になっているかも。

 

集団での探索は、自分一人では絶対見られないものが見えるので

ほんとに貴重な体験でした。

とくに北斗七星と腎臓探索はすごかったです自分的には。

誰が連れていってくれたのか。お礼を言いたいです。

 

それで先日、

目を開けて天井を見ていたらきらきら光るものが見えてびっくりしたけど

あれは血流ですね。

眼球の中のものが見えるんですたぶんね。

でも日によって流れる向きが違うのがなぞ。

坐っていてもキラキラが見えて壁の下の方が光ってきます。

わたしはもともと目の焦点を合わせないでものを見る癖がありました。

キラキラを見ているときは空中に視点が合っているんだと思います。

 

頭の中の映像を見るのと水晶を見るのは意識の状態が全く違うし

ほかのトランス経験も頭の中ではかなり違うので昨年は混乱してたいへんでした。

でもそれは何か正しいものがあるような気がしていたから。

そもそも、トランスの中で何か見るのが私の場合は難しいかもしれません。

呼吸法をやっていてもほかの人は銀河とか見ちゃっているのに

私は あ、母親が来て手を握ってくれたとか言ってて(笑)

しかしそれも今の私はこうだというだけ。

一つ信じているのは、

なにか続けていると日常の顕在意識が変わってくるということです。

事故のようにびっくりすることがあるのもたのしい。

前記事もそんなつもりで書きました。

 

まだまだ書き起こしに人の体験が下敷きにあって、

それに対してああだこうだ書いています。

もっと自由にならないと自分の本当の感覚は戻ってこないなあ。

 

以前起き抜けに土星が歌っているのを聞いたことがあって

忘れられません。

ものすごく楽しげに太陽系を闊歩していました。

自分の中ではそれが真実です。

ああいうのが1年に2,3回あったらもうそれで幸せです。

あとは明晰さを保ち集中して日常を生きて生き抜きたい。

 

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夢の話、覚書

先日昼寝していたときにおもしろい夢を見ました。

視覚はあまり働いていませんでした。

しいて言えば灰色の薄靄の中です。

部屋にいたら女の人が来て私の手を引いて廊下に連れ出しましたた。

見えていないけれど私は廊下と知っているし若い女の人だとわかっています。

そこで唇を重ねられた、という夢です。

しかし夢といっても夢の体感ではなくて顕在意識の中での触覚でした。

性的な夢とははっきり異なっていていました。

自分の外部からいきなり来たと思いました。

それは人間の女の人だったけれど、子供なら子供、猫なら猫だったろうと思いましたし

顔だったけれど頬でも額でも背中でもよかったのだろうと感じました。

目を開けても睡眠から覚めたときのようなだるさもないし

今ここにいたのに、と思いました。唇の感触も形もはっきりわかりました。

 

同じような経験を2回したことがありました。

一度は、内臓探索の練習会のときでした。

灯台屋の2階でバイノーラルビートを聞いていたとき

横で風が起こり

私が膝を乗せるようにして半身で座っていた座布団を誰かが踏んでいきました。

南から北へ。

へこんだ具合や歩幅は男性のものだと思いました。

K先生が南の窓近くにいて、北どなりにはNさんがいたので

どちらかの人が立ったんだなと思いました。

しかし目を開けると、

誰かが今立つような場ではなかったしそんな必要もなかったと思いました。

ちょっと聞いてみましたがだれも立った人はいないようでした。

しかしそれはまったく、人が入ってきて出ていったとしか感じられませんでした。

 

もう一度は、何度も話したり書いたりしていますが

ヘミシンクを聞きながら眠ってしまったときに

いきなり肩をたたかれたときです。

このときは暗闇でしたがどこにいるかはちゃんとわかっていたし

去年その場所にそれと思わず出かけて、ああここだったと感じました。

 

最初の話に戻りますが

夢を見る少し前に

「リップヴァンウインクルの花嫁」をCSでみました。

それと、先日「GHOST IN THE SHELL」を観たところ

素子が水から上がるときに水の裏側に素子が映るシーンや

立体の鏡に映るシーンが、この夢を思い出させました。

みねんこさんの「心理占星術デイ!」が双子座のテーマだったことも

私の中ではつながっています。

自分ではないけれど自分のようなものが来たのです。とつぜん。

それが、

リアルな体感ーしかも夢とはちがい外から働きかけられる触覚ー

を伴っていたことが普通とは違ったので書き留めておこうと思いました。

 

 

 

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三次元占星術・私的メモ
 昨日、レディナダの松村潔先生の「恒星パランと三次元占星術」の講座に参加してきました。
以下考えをちょっと進めたいので書きます。

ヘリオセントリックチャート(太陽中心のチャート)を紙媒体でいただきました〜
地球はもちろんジオセントリックチャートの真反対に、
他の惑星も太陽に近いほど位置が違っています。


午後、松村先生が参加者のチャートを、聞きたいところ中心に読んでくださるというので、
迷わず「火星」と言いました。(ほんとは土星と迷ったけど。)
私の火星はヘリオのチャートでは牡牛座なのです。
火星と水星のノースノードに近く、
つまり水星はサウスノードに近い。
チャートの中で火星はポツンとしていて海王星水星金星とオポジションで目立ちます。
恒星はメンカル。メンカルはクジラ。クジラは集団意識。巻き込まなければ巻き込まれる。
水星はもっとあからさまに社会に訴えかけていくイメージです。
以下松村先生に言われたと感じたこと。

火星はマクロコスモスへのチャレンジ。
無理をして拡大させていくところ。
(ブログちまちま書いてるんじゃなくて、)
たくさんの人にしゃべり、書き、発表する。のが大事。

(げっ。なんか、ばれてる・・・。)

牡牛座は「思考」のサインなんだそうです。
シュタイナーの12感覚論によると。
この思考って純粋思考で、周囲の細かいことには反応しないんだそうです。
外界シャットアウト。しつこくしつこく考えつづける。

対向の海王星水星金星は蠍座で「生命感覚」をつかさどっています。
生命感覚が強くないと思考は働かない、と先生はおっしゃっていました。
これは最近思い当たったこととリンクしていました。

ジオセントリックでの私の火星は双子座で、アセンダントと合。
ルーラーは水星なんですが、
この水星は天秤座で山羊座の土星と正確な90度なんですね。

私は、到達する形を直感で選択してから自分をそこに持っていくという道筋を取りがちで、
そうじゃなかったときのことがもう思い出せないくらいなんです。
しかしこれは本当に身体感覚とか内発的な情動を自覚できなくさせがちなのです。

本当に生き生きとした火星とアセンダントのあり方を
再考するときがきているなと感じることが多い今日この頃です。
土星から離れたところではいつも火星は生き生きしているのですが、
土星とともにいる火星を生かすには。
その課題をまた突きつけられた気がしました。

そのヒントが「生命感覚」なのだと直感しました。
(ひとはこの感覚で体調を自覚するんだそうです。)
まだよくわかっていないのですが、この感覚が強いか弱いかと言われれば弱いと思います。
「生きている実感」と考えれば、
最近は本当にそれを自覚することがすくないかもしれません。
逆説的になりますが、
ひとりになり自分の体に立ち戻ることが、
大きな世界への近道なのかもしれないなと感じました。

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みえるもの、みえ方
 海外ドラマ「シャーロック」が好きです。昨日、シーズン3の最終話で、
登場人物が情報を頭の中の記憶庫に納めているという話がありました。
それがビジュアルで鮮明に描写されます。
リアルと寸分たがわぬのです。

記憶や想像したものが鮮明に見えることがありますか?
たとえば昨日の夕食。
着てみたい服。

現実にはないものの見え方って何通りかあるように思います。

私の場合、夢の見え方も違います。
カラーの夢がほとんどですが、
すごくはっきりした色のときと、
すごくあいまいで白黒に近いときとあります。
そして視界も、どこまでもはっきり見えるときと、
自分が目を向けたところだけがライトを当てたように見えて
それ以外は曇って暗くなっているときがあります。

頭の中に視覚でものを思い描くときは、
どこでどのように見ているのでしょうね。

たとえば3年後の自分を思い描きます。
頭の右上方、後方部分に出てきました。
ぼやけた映像です。
茶色のソファに座り誰かと対面している自分です。
相手の顔はわかりません。
床か調度が黒くて、学校の校長室のような雰囲気です。
今書きながら、自分はピンクのスーツを着ていたなーとぼんやり浮かんできます。

それから、
たとえばマッサージを受けていて、
眠り込む寸前の意識状態のとき。
リアルな映像の中に入ることはありませんか?
私は、ファスナーがいきなり開いたみたいに、
その世界に直面していることがごくたまにですがあります。
夜入眠時も似たようなことがあります。
これはすごくリアルで濃い映像ですが、
だいたいは忘れてしまいます。
見ているという自覚がないです。

それから、夜布団に入ってまぶたを閉じているとき、
目の前は暗いですが、
あえて目を使って何か見ようとして見えるときがたまにあります。
光とか、ぐるぐるした点の集まりです。
お友達が遠隔レイキをしてくれたときは
目の前に突然藍色の宇宙が広がり、
ほしぼしが規則正しく並んでいる映像が一瞬ですが見えました。

ごくたまに、目を開けても見えつづけていることがあります。
2,3回でしょうか。
光とか人の顔。

あるいは、眠っていないとき。
目を開けたまま、そこにない映像を見ることがたまにあります。
これが一番ショッキングです。
これはホログラムの平面図(笑)みたいなんですけど、
私の場合。

みけまゆみさんの可視化講座を受けたときは、
「脳をだまくらかして」見ましたよ。
等高線だけで描かれた地図と、
ブドウのような植物の葉。
黒猫の画像。
猫だけは意図して見たものです。
3Dを見るような感じで目の前に広がっていました。

タロットのパスワークなどは、
私はタロットをろくに見ないで、電車の中などで試みることが多くて、
それは邪道なんでしょうけれど、
けっこうおもしろいです。
歩きながらやることもあります。
色とイメージの洪水っていうか。

水晶もほそぼそと見続けています。
私は、谷原さんの練習会に2回参加したことがあります。
勝手がわかってとてもよかったです。
姿勢とか置きかたとか
石の選び方とか
初心者はとにかくよくわからない。

そしてあれは集団でやったり、
能力のある人が近くにいると格段に
受信力が上がると思います。

最近はクラック(ひび)が形をとることが多くなりました。
これは普通に目で見ます。
私の場合は、焦点を水晶に合わせないでやります。
薄暗いほうが反射がなくていいです。
先日、クラックのない丸玉を見ていたら、
水晶でなく周りにモヤが広がって、
視界がぶわーっと白くなったので、びっくらしてやめてしまいました。
まだそんな進みです。

通常水晶などを見るときは、
脳波をシータ波に落とすとよいらしい。
私は今はヘミシンクなどは使わずに見ています。
私の場合脳波があまり下がらないというか、
意識状態がもともとおそらくですが
人とちょっと違うので、
その状態のままで見続けてしまうことが多くて、
中途半端なのです。
猛反省です。
脳波をちゃんと下げるには、
集中すること、
集中するには、
呼吸法を再度きちんとやること、
もっといえば腹筋を鍛えねばなと思っていて、
なにかやりたくなってきているところです。
ヨガかな?

勉強している人やプロの人が読むとこの内容は笑止!かもしれないと思いますが、
模索中でこんなところです、
といった話です。

よく地のサインの月の人は見るのに向いていないという記述を読んだりしたけど
というよりは、
価値観の問題だと思います。
その人が見ることに意味を見出さないと見えないかと思います。
使えないとかありえないじゃなくて逆の発想、
すべてを拾っていく発想のほうが、
ビジョン視や水晶視にはいいかなと思います。

なんのためにそれをやるかってことについては、
また考えてみたいと思いますが、
私の場合は お も し ろ い から!
だからノイズでも何でもかまわない、
見えればいいという段階です。

なんか、映像の見え方を書こうと思ったんですけど
話がずれました。
NLPでは、学習の中で視覚を扱うので、
自覚的にものを見たり、視覚を使って再現しようという
モチベーションは出てきます。


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フチ子パスワーク
fuchiko.JPG 

フチ子、「星」のカードから始めます!
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傘を忘れましたよ
昨年の初夏の話になりますが、
ヘミシンクの「ゴーイング・ホーム」というCDを入手して、
聞き始めたときのことです。

気がつくと真っ暗でした。
舟に乗って水の上にいるようでした。
船着き場で降りました。
竹生島のような島だなということがわかりました。

夢でよくあるように、周辺部分の輪郭はぼやけていて、
中心だけが見えるといったようすで、
足もとが小石と泥で、ぬかるんでいるのはわかりました。
見ているというより感じとっているようでした。
そこから意識が消え、
たぶん山があって弁天様のような神仏が祭られているところに
お参りに行ったのだと思います。
CDではフォーカスいくつという場所のようなものが示されています。
27から6か、26から5か、そこは覚えていないのですが、
戻っていたのだと思います。
意識の上ではほとんどクリックアウト(寝落ち)していた私に
背後からの声が、衝撃をもって頭の中に響きました。

「傘を忘れましたよ」

年配の女の人のようでした。
旅館か売店のおかみさんだと思いました。
小走りに追いかけてきてくれたのです。
背中をたたかれたかもしれません。
もう響きは思い出せませんが、
落ち着いてしっかりした、低い声でした。

あまりにもリアルで、
夜が明けても強い印象が残りました。
私は傘について調べ始めました。
象徴ときたら松村先生だろうと思い、
「タロットパスワーク実践マニュアル」をランダムにめくったら
傘についての記述がありました。
その中に「ノイズを遮断する」というのがありました。
傘は雨から頭を守りますよね。

当時私は仕事を辞めたばかりで、
右も左もわからないまま、
やりたいことを全部始めていました。
ツイッターやブログを通じて、たくさんの人の考えに触れていました。
自分を見失うわけではありませんでしたが、
おそらく通常の数倍数十倍の情報を扱っていたと思います。
多すぎる情報はプラスになることはなく、
神経を苛立たせ、人を疲弊させます。

まあ、その女の人は、「まだ傘が必要不可欠ですよ」と
いって、持たせてくれたのだと思うのです。

私の水星には土星がタイトに90度で、
ふだんから
「そんなものは使えない、そんなこっちゃ使えない」という見極めが厳しいのです。
そのハードな負荷が外に投影されていました。
いまもアスペクトには変化がないというか一層タイトなのですが、
あのときのような混乱はなくなって、
かえって遮断されるとか、動きがないとか、
そんなふうになっているので、
頭の中としてはずっとラクですね。
無風ということは、
見えないところでは大きなソースに接続していることに等しいので。

このことはかなり書いたりしゃべったりしていた気がするのですが、
ブログをざっと読みかえしてみたけれど
記事が見当たらなくて、もいちど書いてみることにしました。

蛇足ですがヘミシンクはたしかにナレーションが気になって入りづらいことがあります。
でも基本は自律訓練法と同じと考えるといいと思います。
四肢の脱力に意識を向けると、私の場合やりやすいです。
顔など、部分を丁寧にやっていくのもいいです。
ほかも同様に脱力すると思います。
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中年の危機とシャドウとの出会い
 どこから書き出せばいいのか、相当時間使っていますが、
時系列でいくか、いや。
説明を加えて万人向きにすると失速するので
自分の思考回路ベースで、メモ程度の記述にします。

「中年の危機」はけっこう私の関心のあるテーマです。
トランスサタニアン好きなせいもあって。

ところで最近、
松村先生が雑記や講座で
「出生図はスタートじゃなくてゴールの図」といってらっしゃると思うんですよねー。
で、その感覚がわからなくて相当考えてました。
だってあれは、設計図でしょ?
自分の人生の世界地図でしょ!
リソースなんじゃないの?
どゆこと?

先日その先の情報を手に入れた!
「プログレスは分割された出生図」
「プログレスの太陽とは逆側に進む太陽がある、そういう考え方がある」
ですと!
あー、そういうふうに割れていくのか!

たとえば出生図はゴールの図。
われわれは何者でもなく、それに似たものとして、
ぷよぷよの出生図に似たものとして生を受ける。
それは設計図というかゴールの図。
ここまできたら、あがりだよ!

しかし出生図もどきとして放り出された私たちは、
そこから否応なく分割されるわけです。
生きれば生きるほど半分になる。
半分を極めていく。それと知らず。

そしたらツイッターで先日、ヒプノセラピストの谷原由美さんが、
「プログレスが45歳になったときもう半分と90度になる」
ことを喝破されました。
そこでシャドウと出会う、と。

シャドウは文字どおり「影」、
我々の生きなかった半身です。
選択してこなかった、意識化しなかったものだから、
「自己」としてはもっとも嫌い怖れるものです。

そこで私はパン!とひざを打ったのです!
私は身に覚えがあったからです。
45歳のとき、私はそこまでで生きてこなかった人生を生きようと思ったのです。
そういう存在と出会いました。
そして47歳のとき、
私は自分のスコトーマともいうべき、
見えなかったものを突き付けてくる存在と
否応なく対峙することになりました。

その戦いは49歳で収束しました。
終わったとき、相手の存在や相手の示すものは
少なくともスコトーマではなくなっていました。

そのときと、中年の危機と、どっちがたいへんだったかなと
ときどき考えます。
いや、どっちもたいへんでした。
でも一つ言えることは、
中年の危機の時に喪失と心的崩壊を体験していなかったら、
そのあとシャドウと会ったとき、
私は確実に現実の中で戦うことを放棄していたろうと思います。
たぶん仕事を辞めたか、家庭は崩壊したか、
病院に通っていたか、どれかだろうと思います。

思うに中年の危機とは、
シャドウと対峙するときの前段階としての
ペルソナを鍛える時期かなと思います。
ペルソナを鍛えるとは、
エーテル体を鍛えることに実は他ならないと私は感じています。

あーこの段落ひとつひとつについて
記事起こせるけど、
今日はここで!

ほんとに月冥王好みの記事(わかるひとだけわかれ)でごめんなさい!

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魔法の杖の石その後
 suzumura tueinoisi2.jpgsuzumura cyandole 2.jpg

私が以前自分の水晶をこのブログにアップしましたところ、
お客様がご自分の石を見せてくださいました。
どちらも、雪の石さんという占い師さんから求めたものです。
「魔法の杖の石」という名前がついていました。

見せていただいてびっくりしてしまいました。
なんと荒々しいものを感じさせる石かと。

そのときのことを以前記事にしましたが、
「生命力にあふれていて生き生きして
たくさんのものを内に秘めた火と水でできた熱い石」
と書きました。

どくどくと鼓動のようなものが感じられまして、
まあー力強い石だなーと。
写真でその魅力の一端は伝わるかなと思います。

それで、お客様の石と私の石とは、
あいさつしてハグを交わしたわけなんです。

その後、お客様が2回に分けて写真を送ってくださいました。
右はキャンドルにかざしたときだそうです。
なんとあかあかと、ほんとに燃えているようですね。
また違う石の顔であり、
もともと持っているものを見せてくれているようでもあります。

その出会いを通して
私にわかったことは、
「魔法の杖の石は持ち主に似てる」ということでした。

そのかたの石は、とても熱く愛されていると思いました。
火にかざしてもらったりもして。
人懐こいところもあるし、
どんなエネルギーを持っているか、熱すら伝わってくる。
お客様もそんな方なのです。

でも私の石は、しれしれっとしていて、
「ぼく何考えているか教えないもーん」
て感じがあるのです。
見つめても触れても届かないところがある、
そんなふうに思っていました。
でもそれ、自分の姿だったのかも・・・!

自分が運命を見出すことを手伝い、
道を行くことを加速させてくれる石。

雪の石さんは、会ったこともない私たちにぴったりの石を選んでくれたんだ。
それこそが、人生を加速させる秘密だったんだ!

そして違いがわかったら、石の個性がわかって、
私は自分の石とまた一段深くつながれた気がします。

お客様も、この出会いと機を一にして、
また人生が一段加速したのが感じられるのだそうです。

石の出会いが、目に見えないところに影響を及ぼしたような気がして、
考えると今も胸が熱くなるのでした。

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夢で行く場所
 夢でよく行く場所がいくつかあります。
一つは秋の山。
紅葉真っ盛りです。
山の中腹に広場があって、脇に真白なホールのような建物があります。
二階建てでギャラリーがあるのだと思います。
広場に自動販売機があって、
そこで現実ではもう会わないことになった友達と、
ばったり会って、缶ジュースを飲みました。
友達は優しかったです。

白いホールの裏側には廊下が伸びてどこかに続いています。
そこで松村先生のお話を聞く夢も見ました。
松村先生は大きな古い切手を持って、
そこに書いてある数字について私に解説してくれています。
私はそこでは教員のままで、
外を生徒が走り回るので気が気ではなくて、
お話の内容は上の空になっています。

その後まもなく松村先生の鑑定を受けることになったので、
(そのときはまったくそんな気はなかったのですが)
その切手はタロットカードのことだったと
あとで考え至りました。

かるたなんかが出てきたこともありますが、
だいたいアカシックの記録の象徴なんだろうと思っています。

その紅葉の山には、ものすごく美しく青い湖があります。
私はテレビでそことそっくりの景色を見たことがあります。
それは中国の九寨溝でした。
いつか行ってみたいものだと思います。


夢の中には学校も出てきます。
大きな木造の体育館というか講堂というか。
なぜか床がしなっています。
ローラースケートのリンクみたいな感じです。
教室も大きくて、すり鉢型です。
生徒が座っていることはあまりなく、
どこかほかのところにいるみたい。
つまり授業中じゃない夢が多いです。
みんな寮生活をしているような感じです。

タロットのパスワークなどをするときも、
同じ場所がよく出てきます。
白い砂浜と松林、
広場、などなど。

もっともっと頻繁に訪ねて、
絵に描いたり地図を作ったりしてみたいものだと思います。
夢とパスワークやヘミシンクで行く場所は、
だんだんと違いがなくなってくるのではないかなと思います。

しっかりしたものができたら、
そっちでも暮らしてみてもいいかもしれません。
向こうは向こうで暮らせるのなら、
人生を倍体験できるみたいな感じで、いいのかもしれません。
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水晶プログラミングと水晶透視その後

先日書きましたが、
山形ツアーで、主催の川本さんに、
水晶プログラミングのやりかたを
教わってきました。
それで、家に帰って、自分の水晶に願い事を託してみたのです。

まず水晶をせっけん水で洗って浄化しました。
そしたらすごくぴかぴかになって驚きました。(写真は浄化前のものです)
物理的にもエーテル的にもきれいになるようです。

それを教えてもらったやりかたでプログラミングしました。
そして元の置き場所に戻すとき、
自分の名刺の上に置いてみました。
内容を紙片に書いて乗せてもいいと川本さんがおっしゃっていたのを思い出したのです。
これで納得、という感じになりました。

そして家に帰ってから、あ!あ!あ!と声を上げてしまいました。

今日やったことは、以前水晶透視してもらったときの吉田さんのあの絵!「重いものを着地させる」
まさにそのままではないか!でかい写真ですが比べてみてください。

「着地させる」とは「自分のアウトカムをはっきりさせる」ことに他ならなかったのかと
気づいた次第です。
魔法の杖の石.JPG

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